平安神宮

 平安神宮
 明治二十八年(1895)垣武天皇の平安1100年祭を記念し、垣武天皇を祭神として創建された神宮である。紀元2600年にあたる昭和十五年(1940)には、平安京最後の天皇である孝明天皇も合祀された。
 社殿は、平安京の政庁の中心である朝堂院の形式を、およそ三分の二に縮小して復元したものである。二層の神門は応天門、中央正面一層入母屋造の拝殿は大極殿、拝殿左右の楼閣は東は蒼龍楼、西は白虎楼何れもへいあんきょうのものを厳密に考証して復元したもので、京都市の指定文化財である。
 本殿の背後一帯は約三万平方メートルからなるひろい神苑で、四つの池を中心に各時代の庭園形式を取り入れた池泉回遊式の明治を代表する庭園で、国の名勝に指定されている。
 例祭は四月十五日。十月二十二日の時代祭も当神宮の祭礼で各時代の風俗絵巻を都大路にくりひろげる。なお、大鳥居は国の登録有形文化財である。
 
  京都府(現地案内板より) 
  應天門
  應天門は、平安京大内裏の正庁朝堂院の南西正門で延歴十四年(795)に造営された鴟尾を置く二層碧瓦葺の建物で左右両廊から栖鳳・翔鸞のに二楼につながっていた。
この門は、平安遷都千百年にあたる明治二十八年に往時の様子を復元し、平安神宮の「神門」として建造されたものである。
建坪 34.10坪(約112平方メートル)  
棟高 60.84尺(約18.43メートル)              
 
 (現地案内板より)
 大極殿(だいごくでん)「国指定重要文化財」
 大極殿は、古代の役所の建造物の中で最も重要な建物で、天皇が政務を執られ長賀・即位などの重要な儀式が行われた。明治二十八年、平安遷都千百年事業の一環として、平安時代の様式を模して大極殿がけんぞうされた。
規模は往時の約二分の一で、屋根は一重、入母屋造で、碧瓦を用いた本葺である。平安神宮の大極殿は、平安時代の栄華を偲ぶことのできる唯一の文化遺産である。
建坪 104坪6厘(約344平方メートル)
桁行及び梁行 110尺(約33.3メートル)
梁行 40尺 (約12.1メートル)
 
(現地案内板より)  
   白虎楼(びゃっころう)「国指定重要文化財」
この楼は、東方の蒼龍楼(そうりゅうろう)と共に平安京朝堂院(ちょうどういん)の様式を模したものである。
屋根は、四方流れ・二重五棟の入母屋造(いりもやづくり)、碧瓦本葺(みどりかわらほんぶき)が施されている。
蒼龍・白虎の名称は「この京都が四神(蒼龍(そうりゅう)・白虎(びゃっこ)・朱雀(すじゃく)・玄武(げんぶ))相応の地」とされたことに因(ちな)むものである。
建坪 25坪(約82.7平方メートル) 桁行及び梁行 32.5尺(約9.85メートル)
 
(現地案内板より)  
 
  蒼龍楼(そうりゅうろう)「国指定重要文化財」
この楼は、西方の白虎楼(びゃっころう)と共に平安の朝堂院(ちょうどういん)の様式を模したものである。屋根は四方流れ・五棟の入母屋造(いりもやづくり)・碧瓦本葺(みどりがわらほんぶき)が施されている。
蒼龍・白虎の名称は「この京都が四神(ししん)(蒼龍(そうりゅう)・白虎(びゃっこ)・朱雀(すじゃく)・玄武(げんぶ))相応の地」とされたことに因むものである。
建坪 25坪(約82.7平方メートル)
桁行並び梁行 325尺(約9.85メートル)
 
 (現地案内板より)
 

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