当麻寺中之坊

  
松尾芭蕉 のざらし紀行 當麻寺より

僧朝顔 幾死に かえる 法の松

「朝顔が何度も死と生を繰り返すように、この寺の僧も死と生を繰り返すけれど、 仏法は千年生きる松のように変わらない。 」
中之坊本堂

中将姫剃髪堂(桃山時代)

本尊 十一面観音菩薩(心身健康の徳)

大和十三仏 弥勒尊(禅定の徳)

大和七福神 布袋尊(家庭円満の徳)

天平宝字七年(七六三)六月十五日

右大臣藤原豊成公の娘中将姫は、仏道を志し当麻寺へ入山、この堂で剃髪して尼僧となる。

この時、師である実雅法師より「法如」の名をいただく。

本尊十一面観音(平安時代)は中将姫の護り本尊

「導き観音」として信仰される。
 
稲荷社

中之坊の鎮守神で 豊穣の神・豊受大神。

かつて葛城氏が丹波の地で祭祀していた。

雄略天皇の代より、食の神として伊勢の外宮に祀られる。
 
 
龍王社

熊野権現/二上権現

飛鳥時代、役行者が熊野より権請した白竜大神を祀る。

また、江戸時代まで中之坊が祭祀していた二上山の龍神を合祀する。
 
茶筌塚

茶の湯に欠かせない茶筌を供養するため、昭和二十一年に建立された。

「茶筌塚」の碑文は、東京美術学校(現在東京芸大)校長正樹直彦氏の揮毫。

裏には裏千家元千宗室(第十四台淡々斉)宗匠が茶筌塚のために詠まれた「愛でられて 末は はかなく 散る桜」の句が刻まれている。

護摩供により炊きあげられた茶筌の灰がこの塚に納められる。

(毎年十一月十六日)
髪塚

天平宝字七年(七六三)六月十六日

中将姫は剃髪した毛髪で梵字を刺繍し、観音菩薩の導きを祈念した。

この故事にちなみ、毎月十六日は、「導き観音祈願会」が行われ、毎年六月十六日には、参拝者の毛髪をこの石塚に納める「髪供養会」が行われる。
中将姫誓いの石

奈良時代 当麻寺は女人禁制であた為中将姫は入寺を許されなかった。

そこで姫は入寺されたい一心念から三日間念仏を唱えられたところ不思議にもお経の功徳でこの足跡がついたと伝えられる。

それ以降女人禁制が説かれたと言う。